猫好き日韓夫婦の生活・周りの人々について書いてます。
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韓国の旅客船沈没
韓国の旅客船沈没事故...。



水曜日の朝9時半頃にこの船が遭難、救助要請を出したという速報をネイバーのニュースを見た時は



まさかここまでの大惨事になるとは思っていませんでした。



でも、あの日は確かに朝からずっと霧が濃く、(そしてPM2.5の濃度もかなり高く)



100メートル先が薄っすら白んで見えるほどで。



にゃ子(娘)がその日、仁川の植物園にバス遠足に行ったのですが



娘を送って少ししてから空港鉄道に乗った時、



いつもなら電車の中からよく見える漢江(ソウル市内を流れる大きな川。空港鉄道は途中、この川の上を通ります)も全く見えず



漢江沿いの道路を走る車も電車の中からは近くを走っている車のライトがかろうじてわかるくらいに見えるくらいで



あまりにも視界が悪く、いつもと違う異様な天候だったので



バス遠足に行かせたもののその光景を見た時は心配で心配でたまらなくなったほどでした。



ソウルの西の方と、仁川、そしてその南の海の方が同じ状態だったのかはよくわからないのですが



もし同じだったとしたらこの旅客船の乗客の家族のうち誰かは私と同じように不安を感じつつも送り出したことと思います。



そして自分の大切な家族、友達が事故にあってしまって...。



しかもその悪天候だけが原因でこのような大惨事になってしまったわけでもなく...。



家族や友達を失った方々、事故に遭われた方々、



本来ならもっと生きられたのに生きられなかった方々の気持ちを思うと



本当に胸が痛いです。



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手術受けてました。
あ~また久しぶりの更新になってしまいましたー。



実は二人目を妊娠していたのですが



先月21日の検診で赤ちゃんの心臓が止まってしまっていることがわかり。。



24日に掻爬手術を受けました。



9月20日 生理予定日当日に妊娠検査薬で妊娠判明



10月15日 産婦人科受診 妊娠7週 心拍確認 ただし、子宮内に出血があるので安静に過ごすように言われる



10月29日 妊娠9週目 赤ちゃんは順調に成長 子宮内の出血は前回と同様



11月21日 妊娠12週目 赤ちゃんの心臓が止まっているのを確認




こんな感じで、今回は心拍も確認できてからの流産でした。



初めはやはりショックで、でも産婦人科の待合室で一人泣くわけにもいかず、



ニュースを見たりとなんとか気を紛らわせて過ごし家に帰りました。



いつもなら病院を出てすぐにゃん太郎(夫)に検診の結果を報告していましたが



にゃん太郎の声を聞いたら絶対泣いてしまうと思ったので



家の近くまで来た時に電話をして報告しました。



もちろん泣いてしまいました。。



にゃ子(娘)を産む前に一度流産したことがありますが



その時は本当にショックで、1カ月以上沈んでしまっていて



気持ち的ににも踏ん切りがついたと思っていた数ヵ月後(本来の出産予定日頃)も情緒不安定になったりしてたので



今回も私はしばらく立ち直れないのかなと思いました。



でも数時間後、保育園に迎えに行ったにゃ子(ちょっと前から保育園に行ってます)の笑顔を見て、



そしてその後、家でにゃ子と遊んでいたら自分でも驚く位気持ちが落ち着いてきました。



そして数日後にはにゃん太郎とも馬鹿な話をして笑い合えるほどまで元気になりました。



流産がわかってすぐは妊娠初期(←1回目の検診を受ける前)に無理しすぎたからかなあ。。とか
(寒くなる前、つわりが始まる前ににゃ子に外遊びを思いっきりさせたくていつもより遊びまわってました)



1回目の検診をもっと早めに受けてたら出血もしなかったかなあ。。とか



安静にしてと言われて横になっていることが多かったけど動かなすぎた(←血行が悪くなるのもよくないみたいなので)かなあ。。とか



色々考えてましたがね...。



今回はにゃ子を妊娠した時とは別の産婦人科、ソウルでも有名なミズメディ病院の産婦人科で診てもらっていましたが



ここはやはりいいと言われるところだけあってかなりよかったです。



前のところもお医者さんも親切で施設もきれいでよかったのですがやはりミズメディとは違ったなあと思うところが色々ありました。



まず手術をする前に子宮頚管を開く点滴を受けるのですが



その場所が前の病院では陣痛室で受けるようになっていて。。



これから掻爬手術を受けなきゃいけないって時に隣で陣痛に耐えている、赤ちゃんを産む妊婦さんがいるのが結構ショックでした。
(手術受けた後もその陣痛室に戻って横になるシステム)



ミズメディ病院は陣痛室ではなく回復室というところで点滴を受け、手術の後もいられるので



帝王切開の妊婦さんかなあという女の人は数人見たりはしましたが



それぞれ離れたベッドに配置してくれるので気になりませんでした。



麻酔の強さ(?)も違いました。



前の病院は麻酔の注射をして1秒後には意識がなくなり、手術後も麻酔のせいかしばらく気持ちが悪く、にゃん太郎の顔を見ても吐き気を催すほどでしたが



今回は注射をされて5秒位は意識があり、術後も気持ちよく目覚めることができました。
(術後気持ち悪くなることがかなり不安だったのでこれには驚きました。)



あとは患者への接し方も違うかなーと。



前の病院は術後目が覚めたら手術室になぜか私と知らないおばさん(←何かの手術を受けた患者さん)が放置されていて



知らないおばさんが看護士を呼ぼうとベッドから降りようとしてベッドから転倒、



その音を聞いた看護士が何事かと走ってやってきて、やっと手術室から出られるという超放置状態だったのですが、



今回は気がついたらちゃんと回復室に戻されていて、目が覚めた私に看護士もすぐ気づき応対してくれました。



これ、日本だったら普通なんですかね?



つい前の病院と比べてしまうので一々感動してしまったのですが。。



...よく考えたら3つ目の手術室で放置はちょっと日本ではないですよねー。





そんなこんなで手術前は精神的ショック、



手術後は出血もあるしと安静に過ごしていてブログを更新できていませんでしたが



またブログ更新していきたいと思うのでよろしくお願いします。



では今回はこの辺で。







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麦茶サイダーの感想と羅州の事件をうけて思ったこと。
麦茶サイダー飲みました。


drink.jpg



にゃん太郎(夫)は麦茶サイダーについて「サイダーに麦茶を入れた味だ」と話していましたが



それはにゃん太郎の私への優しさ(?)でした。



実際の味は



コップに入れたサイダーに

やかんで作った麦茶がちょっと注ぎ口からこぼれ

でもしょうがないからとそれを飲んだ時の味。

子供の頃の夏の思い出。




ってな感じの味でした。



それにサイダーが甘い甘い。もちろんカップケーキには合うはずもなく~。



にゃん太郎の説明を聞きつつも、勝手に麦茶を炭酸水で割った味に近いかなと想像してたので驚いたわ。



その上、この麦茶サイダーの炭酸の抜けるのの早いこと早いこと。



金曜日の夜12時頃開けたこの麦茶サイダー、



にゃん太郎曰く(私は初めに飲んだ一杯でギブ。)日曜日の午後にはただの甘すぎる麦茶に変わっていたそうです。



で、月曜日の夜今現在、この麦茶サイダー(1.5リットル)、



まだまだいっぱい残っているんです。



できれば捨てたくないけど、にゃん太郎飲んでくれるかしら。。。



この文をにゃん太郎が見たらじゃあ自分が飲めと言いそうですが、私は駄目です。



だってダイエット中ですからあ。



にゃ子はもちろん飲めないし、ここはお父さんの出番です。頑張れ、にゃん太郎っ。







話は変わって。



韓国の羅州(ナジュ)で起きた事件



韓国のテレビやネットのニュースを全く見ないのでこんな事件が先週起きていたなんて昨日まで知りませんでした。



この犯人、本当に許せんっ。



この女の子、ご両親の気持ちを思うと胸が本当に痛い。。。



韓国の政治家達さん、団体の皆さん、市民の皆さん、



そのものすごい早さの決断力、実行力を持ってこんな事件がたくさん起きないようにしてほしい!!本当に。



あ、何か決まりを決めて実行する場合はその後の仕事もちゃんとすることも忘れぬように。



こういうことにケンチャナ(大丈夫)~とかは通じないです。



もうこういう事件は見聞きしたくないです。



こういう事件は本当に人の心にべったりと貼り付いて忘れたくても忘れられない。。



私が小学校4年生の頃、宮崎勤の事件が起きたけど、埼玉に住んでいた私は犯人がつかまるまで本当に本当に怖かった。



被害に遭った子供達は幼稚園生とか大きくても小学1年生の子だったけど、



私も殺されるかもしれないとか一時期真剣に思ってた。



事件が解決した後、たまたま女の子の遺体が発見された霊園の近くを車で通ったことがあったけど



車の中から見たあの景色はいまだに忘れられない。



犯人の部屋の様子とかその姿とか証言の内容とかも子供ながらに本当にショックを受けたな。。



韓国で以前も今回の事件と似たような事件が起きたんだけど



もうこんなことは起こらないだろうと思っていた矢先にこの事件が起きて。



大人の心にもかなりダメージを与えたと思うけど、



子供達がこんなニュースを見てどれだけショックを受けているかと想像するとそれも胸が痛い。



にゃ子(娘)もあと数年もすれば世間で何が起こっているかとかわかってくる。



にゃ子にはそんな社会を見せたくない。。。。



以前、母親がにゃ子の目を見ながら「きれいな目してる。まだ何も汚い物を見てない目だね。」と言っていたけど



これからにゃ子は一体どんなことを見聞きしていくことになるんだろう。



怖い怖い嫌だ嫌だばっかり言っていては駄目だと思うし現実も見て行くことももちろん必要なのはわかるけど



ここまでひどい事件を目にする機会が少しでもなくなればいいな。。。。







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お久しぶりです&韓国語能力試験受けました。
お久しぶりです。(・ω・)ノ



前回の更新から1ヶ月以上も経ってしまってましたね。



実は前回のブログを書いた3月9日から5日後の3月14日に



妊娠が判明しまして...



でも残念なことに4月4日の妊娠7週目の検診で心拍が確認できない(=流産)との診断を受け、



その日のうちに手術を受けました。



今は体もすっかり元気に、そして精神的にもだいぶ落ち着くことができて
(手術の後1週間、治療のため毎日病院に通っていましたがそれが辛かったです。消毒されるのも痛かったし、なんと言っても毎日されるお尻に注射がさすがに毎日されると痛い&情けなくて...。)



とても静かな気持ちで毎日を過ごせるようになりました。



しかし...今回初めて手術を受けたのですが



麻酔ってすんごい早く効くんですね。



麻酔の注射をして2、3分後位に眠くなったり意識がなくなったりするのかなあと思っていたのですが



注射されて5秒後に私はぐっすりと眠ってしまってました。
(しかも頑張って5秒。頑張らなかったら3秒ってとこかしら。)



しかもその日の朝、私はまさか自分が手術台に上るとは夢にも思っていなかったので



牛乳をいつもより多めに飲んで行ったのですが



その牛乳のおかげで術後気持ち悪くて気持ち悪くて...。
(一応牛乳が消化されるのを待って手術したけど、それでも気持ち悪くなった。)



おかげで手術後、私のためにベッドのすぐ横に座って私の手を握ってくれていた



にゃん太郎(夫)の顔を見ていたら、



そのギョロギョロと動くでかい目が駄目だったのか



濃ゆい眉毛が駄目だったのか何なのかよくわかりませんが



何回も吐き気をもよおしてしまったくらいでした。
(なので心配して私の顔を覗き込んでくれているにゃん太郎に向かって終いには「こっち見ないで。」と言ってしまった私。今から考えるとひどすぎる...。)



にゃん太郎、あの時は悪かったニダ。



にゃん太郎、麻酔で動けない私のためにオムツまでつけてくれたのにね。
(手術後、牛乳のせいで吐き気どころか下痢にも襲われたのですが、起き上がることができなかったので看護士さんにもしもの時はオムツをつけてそれにしてと言われたんです。あ、でも一応乙女なので夫の目の前でお漏らしはまずいと思いちゃんと我慢しましたよ。)



にゃん太郎の手際のよさに私の老後は明るいと思ったよ。( ̄∀ ̄)
(にゃん太郎は以前介護施設でアルバイトをしたことがあるので介護がうまい。)





귺긞긵깓?긤긲?귽깑   귺긞긵깓?긤긲?귽깑   귺긞긵깓?긤긲?귽깑   귺긞긵깓?긤긲?귽깑   귺긞긵깓?긤긲?귽깑   귺긞긵깓?긤긲?귽깑   귺긞긵깓?긤긲?귽깑   귺긞긵깓?긤긲?귽깑   귺긞긵깓?긤긲?귽깑   귺긞긵깓?긤긲?귽깑   귺긞긵깓?긤긲?귽깑   귺긞긵깓?긤긲?귽깑   귺긞긵깓?긤긲?귽깑   





受けてから1週間も経ってしまいましたが



4月19日に韓国語能力試験受けてきました。



試験の5日位前まで全くと言っていいほど勉強していなかったので



はじめは今回は受けずに9月に再チャレンジでも~と甘い考えでいたのですが



うちの向上心の塊、そして時々スパルタにゃん太郎さんにはその甘い考えは通じず...



5日間かなり真面目に勉強しました。
(前日の夜なんか最後は本当に冷や汗かきながら勉強しました。)



で、試験を受けた感想ですが...



これがですね...



私の野生の勘が働いたのでしょうか



それとも日ごろの行いが良かったのでしょうか



或いはたまたま今回のテストが比較的例年より易しめだったのでしょうか



全くの勘で無理やり解いた問題は数問ありましたが



問題の多くが今まで、そしてこの5日間で勉強した単語&文法でございまして...



なんとか全ての問題を時間内に終えることができました。



あ、そうそう。



今回多くの外国人に囲まれて韓国語の試験を受けて思ったことがあります。
(私の教室には見たところ日本人は数人しかいなかった。)



それは韓国人もすごいけど他の国の人もやっちゃったもん勝ちの人が結構いるなあ...ということ。



私の前の席の中国から来たと思われる女の子は



試験官が「問題用紙を見るのは試験が始まってからですよ~。そこの人、開いちゃだめでしょ!」



しつこいくらい何回も言っているにもかかわらず



その子は聞こえてないのか、それとも聞こえてないふりをしているのか堂々と問題用紙を開いてずっと問題を見ていました。



その子の席は窓際の後ろから2番目で
(一番後ろは私。そして私の隣はその時だれもいなかった。)



その女の子が問題用紙を読み進めちゃっているのに気づいているのは私だけだったので



「そんなに堂々と見てたらばれるわよ~。試験官に気づかれる前に早く問題用紙閉じるのよ!!さあ!!」



前の女の子に向かってを送ったのですが



私の念が弱く、そして日本語だったため彼女には通じず...。



結局、彼女は試験官に「学生(そこの人)!!見ちゃだめだよ!!!」とそりゃあものすごい勢いで怒られてました。
(私の横に立って怒っていたのでむしろ私のほうがその迫力にびびったよ。)



でもその子は全くびびることなく普通にしてたけどね。(さすが堂々と見るだけある。)



色々あった韓国語の試験ですが結果発表は6月3日です。



私の手ごたえがちゃんと合っていれば目標のレベルにたぶん合格...。



私の手ごたえがただの錯覚だとすれば



またにゃん太郎によるスパルタ指導&9月に再チャレンジということになるのですが



さてどうなることやら。



あ、ちなみに私は今のところ6月3日から日本に行く予定です。



手術の後落ち込む私のために2週間ほど前、にゃん太郎が日本で癒されて来いと日本行きのチケットを手配してくれたのです。



つまり試験の結果が出る頃には私はじゃぱん...



合格だったら合格したというご褒美で多少気兼ねなく日本で日本語生活を楽しめ



不合格だったらスパルタにゃん太郎の説教&韓国語指導から上手く逃げられるというわけです。



しかも今回は今までで一番最長の1ヶ月と2週間の滞在です。



術後、私に激甘だったにゃん太郎様様ですわ。



ま、とにかくにゃん太郎のためにも



そして次回は無事妊娠&出産するためにも



梅ぽてに癒され、おいしい夏野菜を食べ、元気いっぱいになって戻ってきたいと思います。( ̄∀ ̄)







おまけ。



タイトル「最近の私の癒し」



ブラッシングをされ、気持ちよさそうな梅ちゃん。



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爪を切られつつも気持ちよさそうなぽてと。



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猫のうっとり顔に私もうっとり。(´ω`)







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私の祖母
祖母が昨日亡くなったそうです。



転んで頭を打って亡くなってしまったそうです。



姉からのメールでさっき知りました。



今日がお通夜で明日が告別式だそうです。



メールを見て、すぐ実家に電話をしたら父が出て、



「秋に日本に帰って来る時にお線香あげてくれればいいよ。」



と言われました。



父は私に世話をかけまいと、変に明るく振舞っているように思えました。



うちの祖母は以前転んで足に怪我をして以来、杖をついて歩いていましたが、



それ以外は病気ひとつしたこともなく、本当に元気な人でした。



杖を突きながらも体は元気なので、時々畑仕事もしていました。



私が結婚して韓国に行くという話を私の母がした時、



祖母は少し反対したと聞きました。



でも私の考えを尊重してすぐに応援してくれました。



祖母は会う度に



「お婆ちゃん、今度皆に会う時まで頑張って生きてるから。」



と言っていました。



祖母は私たち姉妹が結婚する度に手紙を書いてくれました。



でも私の時は急に結婚が決まり、韓国行きが決まったので、



祖母の手紙が間に合いませんでした。



だから祖母は


「今度韓国から帰って来た時に手紙渡すからね。それまで頑張って生きてるからね。」



と何回も言ってくれました。



私はつい先日、日本に帰る大体の日程をにゃん太郎(夫)と話していて、



その時に祖母の手紙をもらうのを楽しみにしていました。



2週間位前には結婚式のアルバムもできていたので、それを持って祖母の家に行こうと思っていました。



でもそれができなくなりました。



せめてアルバムだけでも一緒に見たかったです。



今度日本に帰った時に祖母がいなくなっているだなんて



夢にも思いませんでした。



頭打った時ものすごく痛かっただろうな。



最後にどんなこと思ったのかな。



私のせいで祖母の孫が全員お葬式に揃うってことができないんだな。



そんなことを思うと、すごくすごく悲しいです。



おばあちゃん、お葬式に行けなくてごめんなさい。



天国に行っても元気なおばあちゃんでいてください。



プロフィール

gomosuke2

Author:gomosuke2
ごもすけ(日本人・女)…78年7月生まれ。
にゃん太郎(韓国人・男)…77年1月生まれ。
2002年知り合い、2007年2月結婚しました。
ソウルの端っこ、金浦空港の近くに住んでます。
暇さえあれば空港内をうろうろしてる夫婦です。
2010年8月7日、にゃ子(娘)が産まれました。

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